日本歌曲の名曲「初恋」の作曲家で僕の恩師、越谷達之助先生の恐らく23〜5才ぐらいの頃の写真を入手しましたのでご覧下さい。
1909年(明治42年)生まれの先生は1931年(昭和6年)に現・東京芸大の東京音楽学校を卒業後、現・和歌山芸大の和歌山師範学校に赴任され、数年間教員時代を過ごされます。この頃の教え子(附属小学校でも教鞭をとられた)であった93才になられる方から先日当時の先生のお話を伺い、
越谷達之助記念会のブログで紹介させて頂きました。
そうしたところ今度は別の、同じく先生が和歌山師範学校で教えておられた頃、先生から直接ピアノを習ったという方のご家族が、当時の先生のお写真の複写をお送り下さいました。それがこの写真です。
先生がいつまで和歌山師範で教えておられたのか正確なところが不明ですが、それは数年の事であったようで、昭和9年〜10年頃には東京に戻られて、俳優として、また三浦環などの伴奏ピアニストとして、そして歌曲の作曲家として活躍を始められたようです。この写真を見ると、映画俳優として活躍された理由も分かろうかというものですよね。